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語学の方程式 英仏伊語トリプル三冠王 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006/09/17

ルビ

21:55

 

古本屋で、「ふしぎの国のアリス(ルビ訳)」(講談社)を買いました。

200円だから良いかと思って。

 

分かりにくい単語は、その語のすぐ下に意味が書いてるあるのです。

このルビ付きの英語シリーズを、「講談社ルビー・ブックス」と名付けて売り出しているようです。

 

まあ、普段は読み飛ばして、分からなければ参考にすれば良いかと思って読み始めたのですが、ルビの日本語が視界に入ってきて、好調な英語読みの作業の邪魔をします。

 

読みづらいので放り投げてしまいました。

 

ルビと言えば、澁澤龍彦の「狐のだんぶくろ」の中の「漫画オンパレード」という作品の中に、漫画のらくろ」の話がありました。

 

「あえていえば、私の文章修業の第一歩は、ようやく字が読めるようになった六、七歳のころから、あの『のらくろ』を毎日のように熟読玩味したことだった、といってもよいかもしれない」

 

と書く一方で、

 

「ようやく小学校に入学したかしないかの子どもが、こんな漢字まじりの平がなの文章をすらすらと読めたのは、要するに『のらくろ漫画漢字にすべてルビがふってあったからである。ルビさえふってあれば、どんなむずかしい漢字だって幼児に読める。

日本戦後教育の大誤算の一つは、ルビをなくせば漢字学習民主化が徹底されると考えて、あの便利なルビを極力一掃してしまったことであろう。じつに馬鹿げた発想と言うべきだ」

 

とありました。

 

先のルビー・ブックスは、単語の意味であり、のらくろ漢字の読みであり、同じルビでも役割が違います。

 

読めない漢字も、一ページに一つや二つであれば、漢字の形で意味推測し、その読みが分からなくても飛ばしてしまいます。

「黙読しているときも脳の中では音が響いている」ということと、「音を持たせずに読む」ということはどのように関係しているのでしょう。

音がないより、あった方が理解が深まるということでしょうか。

初めて英語、あるいはその他の外国語に触れた昔の日本人は、音/読みを与えないまま読んでいた時期もあったのでしょうか。