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2009/10/10

村上陽一郎とキティちゃんと

23:06

 

村上陽一郎「あらためて教養とは (新潮文庫)」の中に、「何度も読みたくなるのが古典」という章があります。

 

私は、たとえば漱石の『それから』という小説を一つ取り上げると、生涯のうちに何十回、何百回読んだかわからない。(中略)

音楽の好きな人だったら、たとえばベートーヴェンの五番のレコードを、何十回と普通聞くでしょ。(中略)

お芝居も、『切られ与三』を見たかったら、何十回でも芝居小屋へ足を運ぶじゃないですか。(中略)

ところが小説については、人々は必ずしもそう考えていないんですね。繰り返し読むということはなくて、一回読んだらおしまいだ。楽しかった、おもしろかった、怖かった、良かった、ひどかった。それでおしまいになっちゃうケースが割合多いんですよ。なぜでしょうかね。(194ページ)

 

ちょっと考えてみました。

 

例えば推理小説だったら、一度犯人が分かってしまったら二度読もうという気にはならないのではないでしょうが。

 

音楽はマッサージみたいなものかなぁと思いました。

受けている時は気持ちよく、その効果は残らず、何度も繰り返すことができる。

 

妻Rにも意見を聞いてみました。

 

音楽はその時々の気分によってイメージが異なる。それはキティちゃんのようなものである。

キャラクターに口を描き入れてしまうとその表情が決まってしまう。

キティちゃんに口が無いのは、それによってどんな表情にも見えるからである。

それでキティちゃんの人気があるのである。

 

見事な分析です。

彼女によればクラッシック音楽はキティちゃんで、小説は口まで描いてしまったキャラクターということになります。

 

 

 

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